「共通の財布」という概念

先週末、久々にパリに戻って、フランスとイギリスは隣国なのに全く違う!ということを改めて感じた。

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まずは駅。パリとロンドンではその清潔さや新しさそしてメインテナンスの度合いの違いが著しい。

ロンドンは比較的東京に近いと感じる。市内のメジャーな駅や道、建物などは大抵きちんとメインテナンスやリノベーションがされていて、比較的清潔に保たれている。ところがパリは、まずユーロスターで北駅に着いて(とはいえ数年前にリノベーションされていると記憶している)、その後メトロに乗ると、その薄汚さや廃れ具合、そして時には強烈な汚臭に唖然とする。というか忘れていた現実が蘇り、出た!これぞパリ!Welcome back to Paris!とそんなところでパリらしさを久々に感じたりしたのでした。

ロンドンの駅はかなりモダンで綺麗なのに対し、世界のパリが、世の中の女子が憧れる”美しき”パリがこんなんでいいのか!と、残念なのと当時におせっかいながらも心配にさえなったりもする。

確かにどんなにリノベーションをしても、綺麗にしても、すぐに汚したり落書きしたりする悪党が多く潜伏しているので”無駄な投資”になる可能性が大、というのもわかる。けれどもせっかくのパリなんだから、そういうところにこそ少々寛大に資金を投資してもいいと思う!というより、”美しき”パリを保って欲しい!!

実はそういうところで、お国の調子を垣間見えたりもする。

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一方でロンドンは資本主義的な要素が強く、経済活動は活発、街は綺麗に保たれ、街全体に元気のよさ、そしてダイナミズムを感じることができる。ところがフランスに足を踏み入れた瞬間、その薄暗さ、薄汚さ、そしてどこか停滞(むしろ衰退か?)したような空気を感じさせられる。そう考えると、やっぱり経済活動を活性化させ、人々に将来の生活向上への希望と自信を持たせることは国を元気にするのに非常に大切な要素なんだなあと改めて感じる。

とはいえ、実はフランスというお国、経済的には停滞気味だけれども、それでもお国が身を守ってくれるので安心して生活をすることができる、という大きなアドバンテージがあるのです。

フランスは比較的社会主義的な要素が強い。なので経済活動を刺激すること以上に弱者を救うインフラを充実させているように見える。なので、失業率も高い、高等教育を受けた若者にも仕事を見つけるのは一苦労、といった現状だけれども、政府が助けてくれる(失業したら確かその後最大2年間は離職前の収入の5割から6割くらいの金額が月々支給されるし、無職の人に対しても充実した生活保護や控除がある)。また、子供のいる家庭にも色々な手当てがあったり、3歳からの公教育は無料等、あらゆる場面で、”社会的弱者”が人間らしい生活をするための支援が整っている。フランスはやはりうわさ通り、社会保障が手厚いのです!

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しかもフランスに居ついたばかりの頃よく驚かされていたのは、多くのフランス人はそんな弱者に優しい制度をとてもよいことだと認識していて、自国の社会保障システムは本当に素晴らしい!ととても誇りに思っているのです。随分前にママンのブログに登場した素敵なフレンチおばあちゃんは、このようにみんなでお金を出し合って”共通の財布”を作るというのは素晴らしいことなのよ!と何度も力説していた。彼女はどちらかというと社会的強者の立場にいたけれども、そんな人たちでも弱者を助ける制度は素晴らしい!と心から感じているようだ。たくさん出せる人が出せばいい。助けが必要な人は助けてもらえばいい。出せる人が出せるときに出せばいい。いつの日か助ける側と助けられる側と立場が変わることもあるからお互い様!とそんなことを言っていた。

時としてフランスの手当ては手厚すぎて、人々を怠惰にさせているように見えることもある(例えば生活保護がもらえるから仕事を探さなくてもいい的思考の拡充など)。でも、よく考えてみると社会的弱者になる要因は様々だ。例えば仕事だってもしかしたら探さないのではなく、探せない事情があるのかもしれないし、見つからないのかもしれない。また見つかっても3食食べることもままならないほどしかお金をもらえないかもしれない。理由はどうであれ、”弱者”になりたくてなっている人の方が絶対的に少数だと思う。実際、人生いつどこで何があって、助けを必要とする側になるかはわからない。そう考えると、今助けを必要としている立場ではない、むしろ他人を助けられる立場、つまり強者、もしくは世間から”勝組”とされる立場にいる場合は、そんな状況に感謝し、弱者に寛大に手を差し伸べることはやはり必要だと思うのです。

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確かに充実した(しすぎた)社会保障制度には賛否両論がある。強者から言わせれば、自分が努力をして一生懸命勉強して一生懸命働いて稼いだお金をどうして”怠惰”な弱者にあげなきゃなんないんだ!といった意見をよく目にする。理解できなくはない。ただ、やっぱり忘れてはいけないのは、自分が社会的に強者になれたのは、努力以外にも確実に様々な場面においてラッキーであったということだ。そもそも心身健康で生まれて来た方が”強者”になる確率は確実に高い。生まれた家庭がある程度裕福である方が、”強者”になる確率も高い。また”強者”になりやすい適性要素を多く持って生まれた人、そして優遇された環境を与えられた人はやはり有利だ。そう考えるとやっぱりある程度幸運であったことを謙虚に受け入れるべきだと思うのです。

そしてまた世の中は”Give and Take”の法則で成り立っているので、与えた分は必ず何らかのかたちで返ってくるとママンは信じている。例えば感謝の気持ちで返ってくるかもしれない。愛情や友情というかたちで返ってくるかもしれない。目に見えないものでも心へのインパクトは大きい。

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そんな風に生きれたらすごく人生が豊かになるんじゃないかと思うのです。

やっぱり私の大好きなフレンチおしゃれおばあちゃんは偉大です。”共通のお財布”にこれほどパッションを抱いて熱弁していたんだから!

そう思うとフランスのそしてフランス人の助け合いの精神からは学ぶことが多いなあと思う今日この頃なのであります。


“「共通の財布」という概念” への2件の返信

  1. ”共通のお財布”という概念、初めて知って何だか心に灯がともるような、温かい気持ちになりました!
    やっぱり弱肉強食の冷たい社会よりも、余裕のある人が弱い人を助ける、人間らしい社会がいいなぁと
    思います。フランスのおばあちゃん本当に素敵ですね。
    教えてくれてありがとうございます^^

    1. マロンさん
      コメントをいただきどうもありがとうございます!
      これ、実は税金の話なのですが、フランスは比較的福祉国家の要素が強く、税金がとても高いのです。しかも高所得者からの税率がとても高いのです。
      そのことに関してなのですが、おばあちゃんはそのシステムをとても誇りに思っています(多くのフランス人も同様!)。
      私も同感です。まさに、余裕のある人が助けを必要な人を助ける人間らしい社会が理想ですよね?
      おばあちゃんには私も色々な人生の知恵を学びました!

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