“キャリアウーマン”から専業主婦へ

日本への引っ越しが決まってから早5ヶ月。

その後約2ヶ月間(日本へ引っ越す直前まで)仕事を続け、晴れて退職をし専業主婦になること3ヶ月。

どんな気分かと言うと、それなりにたっぷり与えられた時間(今まで仕事にとられていた時間)と自由に使える(フレキシブルに行動できる)時間をありがたく享受している。

これまで仕事に費やしていた時間がフリーになった、というのは大きい。子供と接する時間は劇的に増えたわけだし、何といっても時間をフレキシブルに使えるようになった。例えば郵便局や美容院に行ったり、買い物したりするのが土曜日に集中しなくと良くなった。また、朝は子供に送り出してもらうのではなく、自分が子供を送り届けられるようになった。これは気分的にはとても大きな変化だ。

また、仕事の責任から自由になった、という解放感にも、未だによい意味で浸っている。というか、集中すべきこと、そして責任が、重要な2つの項目から、1つ(子供と家庭)だけになった、というのが、肩の荷が半分降りたようでとても身軽に感じている。

 

頭の中で常に活動している”to do list”の”仕事”版がすべて消され、”to do list”に今記載されているのは子供と家のことだけになった。そりゃー子育てに集中できるわけだ、と思う。そして今覚えば、ロンドンでバリバリ働いていた頃は、子供の勉強をあまり見てあげられていなかったな、とか、子供のことにそれほど注意が向けられていなかったな、と思う。また、何ともバタバタな慌ただしい生活を強いていたなー、と思ったりもする。

もちろんそんな状況の真っ只中にいるときは、自分では全くそんな意識はなかった。はたからそんな私たちの生活を観察していた母からは(ロンドンに遊びに来てくれた際)、よく同情されていたけれど、自分たちの中ではそれが当たり前だと思っていたし、特に大変で無理したような毎日を送っているという実感はあまりなかった。

それからまた仕事を辞めてから感じるのは、確かに母親が専業主婦である方が、夫は安心して仕事に集中出来るような気がするし(これは多分、帰宅時間や家事分担をそこまで気にしなくてよくなるからだと思われる)、子供は子供で、確かに母が常にavailable(自分のためにそばにいてくれる)なことに安心感を覚え、よりのびのびとしている印象も否めない。

とすると、確かに家族のことを第一に考えるならば、自我を忘れて、ある程度の自己犠牲をして家族に奉仕する、というのも一つの素敵な生き方なのかもしれない、と思ったりもする。子供を産んだからにはそれが親の責任だ、との主張もある意味的を得ていると思うし、自己犠牲をするのが母親の美学みたいな昭和的な考えもかなり根強く残っていると思うけど、それだってある意味納得できたりもする。

けれども、少し自分自身に目を向けてみると、”専業主婦になる”ということは社会に帰属する欲求や、認められる欲求、また自己実現の欲求は満たすことが困難になる。”自分”の人生を諦めて、愛する家族のために人生を生きることになる。

こうして書いていると、そんな生き方も何だか美しく聞こえるけれど、本当に家族に尽くすのが母親のあるべき姿なのだろうか?

フランスでは母親の役割というのは女性の人生の一部なだけであって、”女性”として自己追求していくのが普通だ。日本でも最近、”女性が活躍できる、女性が輝ける社会”と謳うようになって来ているようだけど、やっぱり、私も母親としての役割とは別に、自分自身を保っていたいし、更に追求していきたいし、一人の人間として女性としての人生も全うしていきたい、と思ってしまうのだ。

”家族”とは別途、自分が属す場所や自分が社会に果たす役割と責任が欲しいと思し、その役割を果たす活動をしたい、そこで何かを成し遂げたい、成長していきたいし、そして認められたい、と思ってしまうのだ。

伝統的で保守的な考えを持つ人からみると”わがままな女”なのかもしれない。でもある程度わがままに生きないと、抑圧されたものがいつの日か爆発しかねないし、いつの日か、諦めの気持ちから無気力・そして鬱に襲われてしまうかもしれない。

私が思うに、産後鬱というのは、もちろんホルモンの影響が大きいけれど、長く続く場合というのは、急に子育てオンリーに追われる日々となり、社会から疎外された気分になったり、自分のために生きることが出来なくなり、自分を見失った気になったり、この先どのように生きていったらいいのかわからなくなったり、そこから不安な気持ちに押しつぶされそうになったり、そして無力感に襲われたり、とかそんな感じなんじゃないか、って思っている。

ママンの周りにも、実際、産休や育休の間に鬱に襲われたという話をよく聞く(これは人種を問わず)。でも大抵の場合、仕事に復帰すると、そのうち”鬱”的症状もなくなっている。となると、やはり人間何か、家族以外に自分の役割を果たせる場所、自分の所属する場所があるというのは大切なんじゃないかと思えてくる。

 

フランスでも男女問わずよく周りの人が言っていたのは、仕事をしている方が精神衛生上健康でいられる、ということ。これはとてもフランス的発想ではあると思うけど、私も確かにそうだと思う。もちろん、それによりある程度、家族としての生活に負担がかかることになるし、自分自身にも多大な負担になったりもするのだけど。

 

結論としては、やっぱりこれまたどういうスタイルを選ぶか、どんなオプションを選ぶか、といった選択の問題になるのではないかと思う。何を選んでいくか。正解というのはない。全ての選択肢に、メリットとデメリットがある。ただ選択する際には、自分にとって何がハッピーか、どんな生き方が一番健康的でいられるか、ということをまず第一に考えてもいいんじゃないかと思う。子供はどんな環境にも、よくも悪くも適応すると思うし、ある意味勝手に育ってくれる、ということも否めない。母親がストレスやフラストレーション貯めていたり、アンハッピーであることほど、子供達や家族への潜在的な悪影響が大きいことはない気がするのです。と思うと、家族の中心である母親が笑顔で日々いられることはとても重要だと思う!

今のところは期間限定主婦を楽しんでいるけど(というか小さなお兄ちんの預かり先がまだ見つかっていないので身動きがとれない、というのが現状)、”期間限定”と思っているからそれなりに満喫できているのだと思っている。

キャリアについては、仕事にはまればはまるほど、家族がないがしろになってしまう、という恐怖心もあるので、そこは常に留意しないとと思っている。うまく両方がほどほどにバランスよくできる選択肢。そんな生き方の選択肢を探っている今日この頃なのであります。

 

 


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