幸せについて、ふと考えた。

12年ぶりに日本で暮らし始めてから、もうすぐ5ヶ月が経とうとしている。

不思議と、何だかもっと前から日本に住んでいるような気分ではあるものの、日本に来てから欧州の何が恋しくなったかって、意外や意外、その美しい建物や町並み、公園など、そういった街の雰囲気が恋しくなっていることに気がついた。

もしかしたら、あのパリやロンドンのような欧州スタイルの町並みが見慣れたものとなっていたから、なのかもしれないし、いやもしかしたら、単に”隣の芝は青い”とばかりに、今となってはすぐに手に入らないものだから、とてつもなく恋しくなってしまった、というパターンなのかもしれない。

東京にだってもちろん美しいお寺や神社、風情のある町並みや自然、建物も多くある。実際そういったものを見つけるたびに感動し、心が潤った気分になる。

そう考えると、例えそれが自然ではなく、人間が作った建造物であったとしても、”美しいもの”が人に与える影響力(見て感動したり、気分が上がったり!)というのは多大なんだなあ、と改めて思う今日この頃。

さて、この間ふと、そういえば去年の今頃は、ちょうどボーナス支給の時期だったので、仕事でも家でもお金にまつわる話ばかりしていたなー、と思い出した。それに比べて今は、ガツガツ仕事をしてお金を稼ぐ、というのとは正反対のところにいるなー、と。

欧州で生活していた頃、ずっと夢にまで見ていた”家族一緒に日本で生活すること”が今、現実となったわけだけど、果たしてママンは、イギリスでの生活と今、東京での生活を比べてみてどちらが幸せ度が高いのだろうか、と考えてみた。

答えは、”変わらない”と思ったのだ。

ママンの中で大きく変わる点といったら、ロンドンにいた頃はフルタイムで仕事をしていた。なので平日昼間の過ごし方というのは、仕事をしていなく、スローライフを享受している今とは大きく違う。

けれども、よく考えてみると、週末の過ごし方は今と何ら変わらない。

公園を散歩したり、観光したり、友達ファミリーと会ったり、友達宅をお邪魔したり、うちに招待したり。。。

そしてどちらでの生活もそれなりに満足していた(いる)し、それなりに幸せを感じていた。

それは今でも変わらない。

となると、ママンの中で幸せを定義するものは、”仕事”ではなく、夫婦、そして家族という関係性の中で満たされているか、ということなんだと思ったのだ。

確かに仕事は大切だ。仕事での満足度が高いと、総合的な幸せ度も上がるかもしれない。

 

ママンも仕事をしていた頃は、社会に貢献できているということに対する喜び、スキルや知識・経験が上がることに対する達成感、また自立しているというプライドそして自信があり、それはそれで気持ちがよかった。ある意味、一人で回していかなければならない業務がほとんどだったので、それなりに責任とストレスも強く感じていたけれど、年に一度のボーナスで結構な金額をもらえると、やっぱり頑張りが認められたようで嬉しいし、更なるモチベーションが湧いてくるのだ。しかもそのお金を使って、いつもよりちょっと高価なものを買ったり、旅行したりもできる!

実際、社員はみなこの年に一度のボーナスのために厳しい競争の中、一生懸命働いている、と言っても過言ではない。

となると仕事をし、お金を稼ぐ、ということは生活する上での選択肢や自由を増やすことに繋がるし、一つの大きな満足を与える要素ではある。

一方、仕事をしていない今現時点でのママン。

これまでのような自分で稼いだ収入はない。普通に生活はできるけれども、ロンドンで仕事をしていた頃のように、しょっちゅう新しい服を買ったり、外食したり、旅行に行ったりということはできない。

そのかわり、子供と過ごす時間が増え、子供の世界が完全にママンのunder controlとなり(ロンドンにいた頃は、かなりout of control感が強かった)、昼間はゆったりと家で過ごしたり、友達とランチしたり、丁寧に家事をしたりできるようになった。こういうスローライフも悪くない、というか結構気に入っていたりもする。もちろん、時々、刺激が恋しくもなるし、お洒落してオシャレなオフィスに行きたいわー、と思ったりもするけど(笑)。

また、仕事をしていた頃は、やはり無意識的にもとても疲れていたのと、仕事でのストレスやフラストレーションなどが夕食時での夫との会話の中心となっていた。となるとどうしたってネガティブ発言が多くなったりしてしまうのだ。

それに比べて今は会話がない(笑)!というのは冗談だけど、ママン側からの”ストレスフル”な会話はなくなった。

要は、ママンにとって、ロンドンでの刺激とエキサイトメントに満ちた”動”の生活と、東京での、家族や友人と穏やかに過ごす”静”の生活の違い。

やはりどちらもそれなりに幸せなのだ。

となると、結局、ママンにとって(きっと幸せを定義するものは人によって違う!)幸せ度を左右するものは、もっと内側にあるもの、つまり、自分自身、そして一緒に生活をしている人との関係性において心が満たされているか、ということであることに気がついた。

これはきっと、一人で暮らす人にとっては、自分自身に満たされているか、ということになるし、パートナーと暮らしている人にとっては、二人の関係に満たされているか、そして、家族で暮らしている人にとっては、夫婦の関係、そして子供との関係、家族としてハッピーか、ということ。

どういう仕事をして、どういう生活をしているか、というのはもちろん生活の満足度を左右するけれど、深いところから感じる穏やかな幸せ感は、きっといかに自分自身の心が満たされているか、ということかんじゃないか、と思ったのであります。

またまた長くなってしまった(いつものこと)!

最後まで読んでくれて心からどうもありがとう❤️

 


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