3歳児母、MBAに挑戦!ー何が”母”を駆り立てたのか

MBAをやろうと決めたのは、一つだけの理由からではなく、いくつかのささいなきっかけや思いが重なって決断に至ったのかな、と今になって思います。

まずは、勤めていた会社が小さかったということ。社長のすぐ横で仕事をしていたので、どのようにどのタイミングで会社にお金が入り、いつ、どのように出ていったのか、というお金の流れが目に見え、いかに会社を経営するというのが大変なことか(同時にふとした瞬間に簡単に大金が舞い込んでくることもある)、というのを日々感じながら仕事をしていてたのです。

そんな中、ママンなりに、”どうしてこうしないのだろう?”、”ここは違うんじゃないだろうか?”、という考えが様々と頭を巡り、それを”ビジネス”という学問の観点から見てみたい、裏付けしてみたい、そもそも”ビジネス”とは何なのか、会社を経営するとはどういうことなのか知ってみたい、という好奇心が高まったのでした。

また、ヘッドハンティング、リクルートという業界であったため、人々の履歴書を扱うことがそのコア・ビジネスであり、様々なプロフィールを持つ方々とお会いしました。そこで気がついたのは、履歴書にMBAとあると、ビジネスという世界に通用する人なんだな、というその世界へのパスポートを保持しているような印象を与えられる、ということ。また、業界や業種にもよるけれど、”へえ、この方MBAやったんだ”、と履歴書自体を見てもらえる確立が上がる。女性の場合はなおさらだ。

また、外国人として異国で生活している場合は特に、出身地での大学卒、というのはあまり意味を持たない。例え日本で一流大学を卒業していたとしても、外国では、日本語のできる(語学サポートのできる)アシスタント、となるのだ。それ以上ではない。また、そもそも求人の選択肢が少ないわけだから、過去の職務経験が活かせたり、自分の専門分野で職を見つけられる確率は限られてくる。

”アシスタント”というのは多くの場合、比較的若くて融通が利く人が求められることが多かったので(もちろん求人に年齢条件を記載することはできない)、当時まだ20代後半、30代前半だったママンとしては”若い”くくりに入っていたので(笑)、問題なかったけれど、その後年齢を重ねていって転職したい、と思った時に、それができなくなるのでは、と恐怖心を抱いたりしていたのでした。

そういうこともあり、今後外国で長いこと暮らしていくには、西洋の国での学歴や資格があるとプラスになる、ということを何となく感じていたのでした。

また仕事柄、ビジネスディベロプメントの一環としてマネージメントレベルの方達が多く参加するネットワークイベントや会合に定期的に参加させてもらっていたのですが、参加者の多くは比較的シニアな白人男性。

そんな中で、ママンはただの”若い”アジア人女性。

当然のことながら、人々はそんなママンを無意識的に”秘書”や”アシスタント”という風にみるわけです。もちろんビジネスのバックグラウンドがあるわけでもなく、何かすごいことをしていたわけでもなく、決定権のあるマネージャーだったわけでもないので、確かに”アシスタント”ではあったのだけど、ママンとしては、そんな彼らと同等にお話がしたかったのです。

お話を聞いている分には大変興味深いけれど、こちらこらは何も言えない。わからない。そんなことにフラストレーションを感じた日々だったのです。

確かに女性だし、アジア人だし、比較的若かったけれど、少なくともビジネスの知識があれば、もう少し対等に扱ってもらえるんじゃないか。そんなシニアな彼らに少しは近づくことができて、彼らの世界に足を踏み入れることができるんじゃないか、と考えたのです。

また、その当時、金融危機の影響でリクルート業界はとても苦しい状況となっていた。なので、会社に行ってもあまりやることがない、という日が多々あった。言ってみれば、”暇”な状態で会社にいる。これは想像以上に苦しいことだとその時思ったのでした。

特に、当時はまだ3歳に満たないお兄ちんを保育園に預けて会社に行っていました。会社で充実感や日々達成感などを感じて帰路に向かうならよし、”何のために子供預けて会社に行っているんだろう?” という日々が続くと、時間の無駄をしているような気になってしまったりするのです。

そしてまた、会社でそれほど英語を使う機会も多くなく、何となく”日仏”という世界が小さく感じられ、世界共通言語とされる英語を使って広い舞台に行き、もっと様々なバックグラウンドを持つ人々と出会いたい!という気持ちが日々強まっていた時でもありました。

まだ続くのか!と思われているかと思いますが(笑)、最後にもう一つ。

実は3.11の出来事が、日本から離れていたにもかかわらず、ママンの中では結構なインパクトがあったのです。

一瞬にして日常が奪われてしまう世の無常、不条理。自分の力ではどうすることも出来ない外発的な出来事によって瞬間的に変わりうる運命。

あまりに無念であまりに恐ろしく、何とも無力な存在である人間。

そう考えると、”生かされている”今、せっかく元気な命をいただけている今、どうしてやってみたいと思っていたことをやらない?どうなるかわからないし、苦労するかもしれないけど、今やらなくていつやる?

無駄にしている時間はない、と思った。

ありがたいことに、健康でいられてエネルギッシュな状態でいるのに、動かない方が罪だと感じたのでした。

とそんなこともあり、思い立って、少し調べて、すぐに見学に行き、即決した。という流れで、”過酷な(笑)”世界に足を踏み入れてしまったわけであります。

 

またまた長くなってしまい、恐縮です。

最後まで読んでくださった方、どうもありがとう❤️

まだまだ(?)続きます!


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