不必要なものを削ぎ取ることと豊かなライフスタイルの矛盾

2年ほど前から時々ベースでジョギングをしている。

始めのうちは3キロを走ることすら苦痛だった。

常に終わった後の快感と、走っている最中の辛さとの間で、今日は走るか走らないか、の戦いがあった。

時には、後の快感が勝ち”走る”という選択をし、時には最中の辛さや退屈さが勝ち、”今日はやめとこー”という甘ちゃんママンが顔を出し、”走らない”という選択をしていた。

それでも時々ベースでかろうじて継続し、何回かこなしているうちに、3キロだと物足りなさを感じるようになったのだ。

そして年末年始の冬休み。

5キロ走る夫と一緒に走ることに。

5キロはまだチャレンジしていなかったので、とりあえずママンは3,5キロくらいは走ろう!と決め、ジョギングを開始した。

すると3キロ超えた時点で、まだまだ元気!この調子だと5キロいけるかもしれない!とワクワクしながら、割と楽に気づけば5キロを完走することができたのだ!

これには驚きとともに、何だかとても嬉しかった♡

その後、冬休み中は2日に1回、平均して4キロほどの距離を走っていた。

さすがに2日に1回のペースで走ると、日々、無駄な”肉”が削ぎ落されて身軽になっていっているような感覚があった。

無駄なものがないと身軽!そして爽快感が違う!

無駄を削ぎ落せば削ぎ落すほど身も心も軽く、”自由”になる気がしたのだ。

走りながらそんなことを考えていたのだけど、同時に、いや、でも人生の醍醐味は意外と”無駄”なところにあるんじゃないか、とも感じたのだ。

あまりに”無駄”のない人生は退屈なんじゃないかって。

必要なものしかない人生は、モノトーンでシンプル過ぎて何だか寂しくないだろうか、と思ってしまったのだ。

必要のないものと言えば、例えば、寄り道してしまった時間。あらゆる芸術作品。かわいい雑貨。花。スイーツ、、、と挙げればきりがないけれど、実は、そういった”必要のないもの”が生活に色と味を添えるように思うのだ。

想像してみて欲しい。

芸術のない世界を。

花のない世界を。

そしてスイーツのない世界を(笑)。

「断捨離」や「ミニマリスト」といった考え方から学ぶことは大きいし、確かに例えば”無駄”なもので部屋を埋めつくしたりすると、気分的にも重たくなり、さっぱりしなく、本当に必要なものが見えてこなくなるような気がするのだ。

けれども、少しの”無駄”、程よい”必要のないもの”は、人生のスパイスとなる。

”必要のないもの”から生まれる華やかさと豊かさ。

”必要のないもの”を無駄として削ぎ落すのではなく、うまく人生に取り入れることによって、人生をより豊かにする。

そんなことを考えたジョギングの日々。

無駄なお肉が削ぎ落され、身軽になり、頭が冴えたのか(笑)。

それともあまりに退屈で、自分の世界に浸りすぎて、妙な考えが浮かんだのか。

ジョギングと、”無駄”のある豊かな生活について書いてみました。

今日も最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました♡