海外に住むということー海外経験から得たもの その②

さて、前回では、海外に住んだことにより、文化的背景の理解を含めた語学力を高めることができた、ということと、自分の価値観や考え方、物事の見方を再構築することができた、といったことを書いた。

更に、海外で生活をし、様々な人に出会い、様々な文化に触れると、人生について、人間について、生きることについて、様々な”ヒント”が得られ、”なるほど~、生きるってこういうことなんだ~”と、何となく人生について見えてくるもがあり、同時に、自分について色んなことがわかって来た気がした。

もちろん、20代半ばという多感な時に渡り、その後、結婚・出産等の人生の一大イベントを経たからそのように感じたのかもしれない。

海外生活を始めた頃は、色々な場面でカルチャーショックを感じ、様々な面での”異なる部分”に気が付くけれど、時間がたてばたつほど、今度は”似ている部分”や、”同じ”部分が目につくようになり、最終的には、”な~んだ、人間ってどこに住んでいようが、どんな言葉を使っていようが、目や肌の色が違かろうが、みんな同じなんだ!”との”気づき”がある。

すると、急に”外国人”と思っていた(いや、海外では自分が外国人なのだけど)周りの人たちが愛おしく思えたり、妙に親近感が湧いてきたりするのだ。

そういった”発見”があったりすると、人生や人間について、そして自分について考えざるを得なくなり、じゃあ自分はどう生きたいのか、どんな自分でありたいのか、ということを常に自問することになり(無意識的かもしれないけれど)、それはそれで有意義であるように感じていた。

それから、海外生活でよかった更なる点は、日本では出会えていなかったであろう人たちに出会えたこと。これは人種を問わず。

カナダやフランスやイギリスでは、ありとあらゆる人種の人が生活をしているので、例えば、イラン人、レバノン人、南アフリカ人、ナイジェリア人、チュニジア人、ドミニカ人、、、のような日本では巡り会ったこともないような人たちと友達になれたこと。

また、海外で出会った多くの日本人も、そのまま日本にいて普通に会社勤めをして、結婚して主婦になっていたら絶対に接点がなかっただろうなーという、様々な年齢・背景を持つ人がほとんどで、これまた面白い。

と考えると、やっぱり海外にいたからこそ(もちろん逆を言ってみれば、その分日本で出会えていたはずの人たちに、海外に行っていたがために出会えなかった、という機会損失もあるけれど、それがまた運命の分かれ道というもの)、つかむことができた有意義な出会いは、何ものにも替えられない人生の財産だと思うのだ。

その他、利点と言えば、様々な美味しいものを食べ、美しい景色に触れ、あらゆる芸術に触れ、日本では確実に習っていなかったであろうロック、スウィングダンスやタンゴなどを習うことになったり、、、等、おそらく色々な感性が刺激され、やはり人生がカラフルに、そして豊かになったなーと思うのだ。

総じてみると、多くのことを得たと思う。

もちろん、失ったものもある。

失ったものの中で大きなものと言えば、一貫したキャリア。

大学卒業してそのまま日本にいたら、今頃おそらく一貫した経歴、そしてそれに伴うプロフェッションを持っていたのかなーと思う。

欧州では、幸運なことに常に仕事はしていたけれど、自分で選んだというよりは、ある中から採用してもらったところで有難く働くといったスタンスだったので、業界も業務内容も全く一貫していない。

それはそれで色んな業界を知ることができてもちろん興味深いのだけど、自分の確固たるプロフェッション、そして誇りがあったらよかったなーとは思う。

とは言え、人生、時間だけは全ての人に平等に与えられている。

なので、それぞれの経験や習得したスキルというのは、例えば、10年という同じ時間があったら、その与えられた時間の何割を何に充てているかの違いに尽きる。

と考えるとやはり全てを得ることはできないのだ。

どこかが強ければその分どこかが足りなくなる。

ゆえに、ダイバーシティー、つまり様々な経験・背景のある人同士で補完し合い、相乗効果を生むことが重要なのだ。

おっと、話がそれてしまったので元に戻す。

というわけで、海外で生活したことは、人生探し、そして自分探し、また自分を再構築をするのにとてもよい機会であったのかなーと思った。

最後に一つ!

例えば日本で恋愛感度が完全にオフになっていた人が、海外で暮らし始めた途端、恋愛体質になり、常に恋人がいる、ということもよく聞く。

また、日本で婚活疲れをした人が、そのうち日本の恋愛市場を諦め、海外市場を求めて外に飛び出したら、すぐに恋人ができた、という話もどこかで読んだことがある。

つまり、海外に行く、とはそういうことなのかもしれない。

電気ショック並みの、何か大きな衝撃を与えることによって、人生、そして自分が変わる、もしくは、周りの自分の受け止め方が違う、みたいな。

と、また話が膨らんでしまいましたが、長い人生、けれども一度きりの人生、そういった大きな刺激を自分に与える時期があるのも悪くないと思うのだ。

迷いがある人は、とりあえずやってみることをおすすめする。

どうにかするしかないから、どうにかなるのだ!


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