自分が“活きる”環境を選ぶということ

長いこと生きていると(約40年の人生は長いのか短いのかわからないけれど)、自分というもの、そして人生というものの法則が何となく見えて来るような気がしてくる。

例えば自分について。

色んな場所で色んな生活をして、色んな仕事をしていると、自分にはどんな場所で、どんな人たちと、どんなスタイルの生活や仕事が合っているのか、むしろ“しっくりくる”のか、そして“活かされている”のかが自ずとわかってくる。

と同時に、どんな状況だとやり辛さを感じ、気が張り、自分らしさが抑圧されるような感覚を覚えるのかもわかってくる。

となると、同じ“自分”であっても、周りの人たちや環境、価値観や考え方、仕事内容、そしてスタイルによって、自分が活かされもするし、大げさに言うと潰されもする、ということだ。

分かりやすい例でいくと、例えば、モテるタイプの女子(つまり求められる女性像)、というのは日本と欧州では全く違う。

今となっては社会がとは言えだいぶ成熟社会になり、女性の社会進出も進んでいるので、モテるタイプも変わってきているかもしれないけれど、ママンの青春時代は、やっぱりおしとやかで家庭的な子がモテていた。

けれども、フランスに渡って驚いたのは、フランスでは比較的自立精神旺盛で知的な女性がモテている印象だった。

つまり、社会的文化的背景が違えば、求められる女性像も変わってくるということだ。

同じように、ハイテクでイケイケな小さなベンチャー企業のようなところで“活きる”人もいれば、保守的な大企業の中での方が自分が“活きる”人もいる。

海外の自由な雰囲気が合う人もいれば、日本のように規律がしっかりしていて和を重んじる文化が向いている人もいる。

禅でのんびりな田舎暮らしが向いている人もいれば、都会の方が心地良く感じられ、自分が“活きる”人もいる。

要は、各人の素質、性格、価値観と、その人の置かれた環境の求める素質や価値観にマッチしているか、というのが大事だ。

もっとミクロの視点から見てみると、例えば友達グループや所属するコミュニティーによっても、本当の自分らしさが“活かされる”グループもあれば、委縮してしまい本当の自分が潰されるように感じるグループもある。

人生100年時代と考えると、まだ折り返し地点にも到達していないわけだけど、それでもだんだんと、どんな人たちと、どんな環境の下において、自分のベストバージョンが活かせるのか、というのが見えて来ている。

そして年と共に、何が自分にとって必要なのか、何が合うのか、何を欲しているのか、というのが直観的にわかるようになって来ていると感じる。

仕事に関して言えば、クリエイティビティが活かせるような仕事が好きでやる気が漲るし、向いていると感じる。

何かをゼロから作り上げるとか、どうしたら売れるのか考えてみるとか、戦略を練るとか、デザインを考えるとか、そんな作業が好きだ。

友達いついては、一緒にいて心地の良いと感じる仲良し友達浮かべてみると、みんな、さっぱりしていて、自立していて、ポジティブだ。

常に前を向いていて、根が明るく、人として温かい。

様々な経験を重ねることによってわかってくる“自分の活かし方”。

もし今の会社や人間関係などで窮屈に感じていたり、委縮してしまっている人がいたら、別の環境、自分が活かせる環境を探してみるのがいい、と思う。

自分はそのままでも、環境を変えるだけで、自分の活かされ方、活かし方が変わるはずだ。

今の環境や人間関係だけが全てではない。

人生は長いし、世界は広い。

自分にとって心地の良い、“水を得た魚”のように感じられる環境はどこかにある。

自分を変えるのは難しい。

DNAに受け継がれた長年の歴史や、生まれてからの環境の積み重ねで作り上げられた自分。根本的に変えようと思うと相当の意思と努力、そして時間がかかる。

もちろん、自分と向き合うのはとても良いことだけど、環境を変えてみて、自分の求められ方や活かされ方がどのように変わるのかを見てみるのも、示唆に富むはず。

そんなことを感じる今日この頃。

年を重ねるのも悪くないです(笑)。


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