「バカの壁」を感じたこと

確か私がまだ学生だったころにベストセラーになった、養老孟司氏作の本、『バカの壁』。

ハングリー精神旺盛だった私は、とりあえず書店の店頭に並んでいたものは何となく手にとって読んでていた気がする。

『バカの壁』は当時かなり話題になっていたので、もれなく読んだ。

もう15年以上も前のことなので、内容の詳細は覚えていないけれど、「思い込み」とか、「わかったつもり」、とか「先入観」、「決めつけ」のようなことを総じて「バカの壁」と言っていたように思う。

この前通勤電車で、ふと、窓の外を眺めながら、大人になればなるほど、人生経験が増えれば増えるほど、皮肉にもバカの壁が益々厚くなるなーと思ったのだ。

色んな情報や経験が増えるほど、「こうだからこう」、「これはこういうことだ」、「こうなるにきまっている」と無意識のうちに法則を見出し、思い込んでしまい、それ以外の考え方やものの見方を遮断してしまう。

まさに先入観、偏見による定義づけであり、あらゆる可能性を限定してしまう。

例えば、私はずっとハワイに行ってみたいと思いつつ、今だに行ったことがない。

理由は単純。

どこかでハワイは高級リゾートでめちゃめちゃ高い!と決め込んでいて、どうせ家族4人で行くのは無理だから。と調べもしていなかったのだ。

ところが先日、近未来の休暇はどこへ行こうかな?と夢を膨らませながら、タヒチを含めた様々な夢のデスティネーションを検索し、その中の一つとしてハワイも調べてみた。

そしたら、東京パリ往復の航空券よりもハワイでのホテル4泊+航空券の方が安いではないか。

家族でパリへの里帰りを一度諦めればハワイ旅行という夢の夢だと思っていたことが叶うではないか!

と、まあこれはささいな「バカの壁」の例ではあるものの、こんな風にしてあらゆる可能性を無意識のうちに限定してしまっていることって想像以上に多いんだろうなと感じたのだ。

例えば会社でも。

私はまだ業界に2年ほどしかいないので、業界の中では素人中の素人。逆に業界に既に10年、20年いる社員たちは、もちろん業界知識についてはプロレベルであるものの、意外と”こういうものだから”と決めつけている”常識”が節々に見受けられ、新しいことにチャレンジしたり、発想の転換ができにくくなっていて、視野が狭まっているように感じることがあった(社長もそんなことをぼそって言っていた)。

そこで、業界素人の私が時々、何か意見してみたり、”こういうことはできないのでしょうか”と聞いてみると、”まあ確かにそれもありかもね”、”できなくはないね”、”やってみる価値はあるかもね”となることがあったりする。

その道のプロたちは”こういうものだ”と無意識的に決めつけているところがあるため、別の角度からみる、という発想にはならないことが多く、結果として現状維持で終わってしまうことが多いのだ。

まさに「バカの壁」というヤツだ。

となると、若いゆえの根拠のない自信とか、若いゆえの向こう見ずな勢いとか、素人ゆえの”常識”にしばられない発想、つまり「バカの壁」がない、というのは、もの事を進めていくために、また、革新していくためには不可欠であるのではと感じる。

もちろん、経験値による「バカの壁」が時には警戒心を呼び起こし、慎重な選択を後押ししてくれるという意味で必要であることも重々にしてある。

けれども、「バカの壁」が自分自身をや人生をも、”自分はこういう人だから”とか、”どうせ人生こんなものだから”、と限定してしまってはあまりにもったいないなーと感じた今日この頃。

どうやったら思い込みから解放されるか。

それは、こうれはこうでしょ!と何かについて意見したり考えている自分を見つけたら、その度に、いや?本当にそう?と自問自答してみるのがいいのかなと思う。

意識する。それだけでも少しずつ変わってくるはず!と信じて、長い大人人生で築かれた「バカの壁」を少しずつ壊して、より”自由”な自分、そして人生を目指していこうと思う!


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