フランス人と自由と自立

さて、フランス人の結婚観やフランス人的な生き方について過去に書きましたが、そのすべての根底にあるのは、自由であること、そして自立していること、であるように思うのです。

2013-05-06 17.34.36

まず自由であることは彼らにとっては何にも増して重要事項であります。他人(社会)の価値観にとらわれない、思うがまま、自分の意思で決定、権利、といったことがとても大切なのであります。フランス人女性が迷いもなくワーキングマザーになるのは、もちろん自由でいるためなのです。自分の収入やプロフェッションがない、ということは誰かに依存することになり、それは彼女たちにとってはその相手が例え旦那であろうと”自由”ではないのです。自由でいるためには自立していないといけない。なので仕事をするのは当然のこととして受け入れているようです。そして例えパートナーと一緒に暮らすことになっても、結婚しても、自分は自分、相手は相手。お互い自立した人間同士、究極には他人同士なのです。もちろん人間なので、精神的にある程度依存し合ったりはするけれど、金銭的に依存し合うことも比較的少ないよう。彼のお金・物は彼のもの。私のお金・ものは私のもの、といったスタンスが確立されている印象です。

夫婦であっても、もしくは一つ屋根の下で生活をしていてるにもかかわらず、あまりに依存しなさすぎるのも、何となく、パートナーすら信頼していないのでは、という気がして、寂しさや孤独を感じてしまう気がするけれど、フランス人的にはどうやらそれも当たり前なよう。自立しているというのは確かに自由を享受するための条件であると思うけど、”孤独”とは常に背中合わせであるのだろうな、とフランス人たちを観察しながら感じたりすることもありました。

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みんながみんな自分を守ることに必死になっている。という風に見えなくもないのであります。自立をしているのもある意味自分自身を守るための武器であるし、他人は信頼できないばかりか人生は問題ばかりで決して楽しいだけのものではないので、いかにあらゆるリスクを軽減・回避して生きて行くか、というところに結構な焦点が当てられているように見えるのです。そしてそのような問題だらけの人生を皮肉ってジョークを言ったり、再度登場ですが、”C’est la vie!”、”人生ってこんなもんさ!”と言ってみたり。

と話が何だか深みにはまってきそうですが、今日はそんなことではなく、こういう自由はよいなあ、と感じるところを書いてみようと思っていたのであります。

こういう自由、とは例えば夫婦や夫婦同等のカップルが別れたり離婚した場合、子供がいようがいなかろうが、それぞれまたすぐに相手を見つけている。例えシングルマザーになろうと、フランス男児は全く気にしないようで、普通にそういう彼女とデートし付き合っている。そして子供と遊んであげたり、学校の送り迎え等をしてあげたり、とにかくまるで自分が本当の父親であるかのように子供に接してあげている。夫の友人で、子持ちのシングルマザーと最近結婚した人がいますが、何て優しい人だろうと本当に心から感心する。彼女の子供を真剣に愛してあげているようで、例え彼女が仕事で忙しくても、できる時は彼が一人で彼女の子供のお世話をしてあげていることも多々ある。しかもそんな優しい彼が例外かというとそうでもない。

フランスでは特別なケースでない限り、父母両方に半々の親権があるので、両親が別れた子供は通常1週間ごとや2週間ごとに父・母の家を行ったり来たりするのです。つまり、別れた両親はそれぞれ1週間ごとや2週間ごとに(相手が子供と過ごしている日々)独身生活を享受することができるのです。ということは、それなりに新しい相手に出会うチャンスがあるわけです。

また、女性も通常は仕事があり自立をしているので、二人の関係は苦しいけど別れられずに耐える、といった状況を回避でき、また新しい出会いも焦らずに探すことができるわけです。しかも、出会った相手にしてみても、依存されるわけではないのがわかれば、気軽に付き合いを始めることができるのです。

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こうして両親に新しい彼氏・彼女ができたら、そのたびに子供たちは父の彼女や母の彼氏と新しい生活を共にするのであります。両親の新しいパートナーに子供がいる場合もあるので、その場合は複合家族として、”兄弟”が増えることになるのです。実際問題、複合家族がどれほど難しいものなのか、もしくは意外と簡単なものなのか、むしろ子供によくも悪くもどのような影響があるのかはよくわかりませんが、そのようなケースがかなり多いため、子供たちも自然に受け止めている様子なのです。子供たちが両親を”一人の人間”、もしくは”一人の男、女”として大人の目で見ているように見受けられるのは、きっとこのような状況が日常茶飯事のことだからなのだと思う。

というわけで、パリで生活を始めてまだ浅かった頃は、こうした現状にはとても衝撃を受けましたが、慣れてみると、まあ子供たちにとっては両親が別れても、父にも母にも同じくらい会えるし、新たに自分をケアしてくれる人が増えるわけだし、両親が不幸でいるよりはハッピーでいてくれた方がいいだろうし、と楽観的に見られるようになったのであります。

ところ変われば常識が非常識になったり、非常識が常識になったりするのです。

フランスはやっぱり”ひとくせ”あって、面白い国です。


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