“仕事”という哲学

外はしっとり雨が降っています。

最近、雨の中書いている時が多いような気がします。

梅雨だから当然と言えば当然なのですが、こんなしっとりした空気の中にいると、何だか一人静かに物思いにふけ、筆を走らせたくなるのです。

最近は、専ら仕事のことを考えることが多い。

子供はお蔭さまで健康だし、夫婦関係も良好、そういう意味では、妻・母でありながら仕事に集中できる環境というのはありがたいことなのかもしれない。

いや、こういう風に考えること自体がもしかしたら保守的であり、男尊女卑の名残なのかもしれない。

まあいいとして、最近の我が家が夫は週2、3回勤務、ママンは週4程の勤務、後はテレワークという状態で、つい先月まではテレワーク中心の生活だったので、随分これまでの日常に近づいて来たように感じています。

外出自粛中にほぼ毎日テレワークをしていた友人たちに話を聞いてみると、割と多くの友人たちはテレワークを快適に感じている様子。このままずっとテレワークでもいい!なんて言っている友人もボチボチ。

私はというと、オンとオフをきっちり設けてお尻に火をつけたいタイプなので、やっぱり仕事は会社で!というスタイルが好き。

というのも、会社に行っても割と自由なスタイルで働けているのでこのように感じられるんだろうなーとも思う。もし会社が地獄のような場所(笑)だったら、確実に完全テレワークの環境を天国と感じるでしょう。というか、より良い環境を求めて別の会社にさっさと移動しているだろうな、と思う。

さて、こうしてかつてないテレワーク中心の日々を送ってみると、自分が仕事に何を求めているのか、ということがより鮮明に見えて来て面白い。

これまでの毎朝の無機質な儀式である通勤電車というのがなくなり、会社に着いてタイムカードを押すというアクションが無くなり、同僚や上司と同じ空気を吸うということがなくなり、はたまたお客さんや取引先に会いに行くということがなくなり、個々が自分の世界で自分の裁量で仕事を進められる環境になったわけだ。

業務としての仕事は変わらずに進んで行くけれど、そのやり方や時間の区切り方等多くのことは自由になったわけだ。

ある意味では、これまで受動的に働いていた人たちも、能動的に働かざるを得ない状況になったとも言える。

そんな風に働き方が変わった多くの人々にとって、何とも斬新で何ともチャレンジングで何ともストレスフルで不安な日々だったかと思う。

そんな常軌を逸した”日常”から、徐々にビフォアコロナのような日常に戻りつつある今日この頃。

やっと会社で働ける~!と喜びをかみしめる人もいる一方で、これまでのような通勤の日々に戻ることで、うつ状態に陥ってしまうほど精神的ダメージを受けてしまう人も一定数いると何かで読んだ。

こんな想定外の”非日常”である”日常”を生き、そもそもどうして働いているのだろう?

とついつい考えてしまうことが幾度となくあった。

生きていくため(生活費を稼ぐため)というのはもちろんのこと、私にとって、仕事というのはそれだけではないと改めて確信した。

例えば、私にとって、仕事とは、

  • 自分自身を成長させる
  • スキルアップ
  • 人とつながる
  • 人と会う
  • 仲間を求める
  • 社会に貢献する
  • 他人の役に立っているという感覚を得る
  • 学びを深める(知的欲求の探求)
  • 達成感を得る
  • チャレンジの場
  • その道を極める
  • 社会的承認を得る
  • 経済活動の一部を担う
  • 属することによる安心感
  • 存在意義を確認する場
  • ルーティンの獲得
  • 決まった場所に行くという安心感
  • 仕事以外のプライベートでより多くの自由を手に入れるための手段
  • 究極の暇つぶし(他にやることがない?!)笑
  • お出かけの口実(笑)
  • おめかしの口実(笑)
  • おしゃべりしに行く(笑)

とまあ、真面目な動機から、お花畑な(笑)動機まで思いつくままに羅列してみた。

こうしてみると、やはり、”たかが仕事されど仕事”、お金を得る目的以外にもこんなにもあらゆる動機があり、ポジティブな方向に自分を導いてくれるものなのだとわかる。

そう仕事が!!

と考えるとやっぱり私にとって仕事というのはライフの大きな部分であり、仕事をするという行為は崇高なものなのです。

一生、ある程度自由に生きていけるだけのお金があったら、仕事する?

と聞かれても、私は即、”する!”と答えるだろうな、と思う(笑)。

もしかしたら、違う形で、”仕事”をしているかもしれないけれど、自分の存在意義が感じられる、何らかの社会に対しての行為はしていると思います。

”自分の外側(社会)に向かって行うその行為”が何であろうが、その行為を通して、学びを得たり、感謝の気持ちを得たり、世のため人のためという謙虚な気持ちを得たり、人と繋がっていることによる喜びや安心感を得たり。。。

そんな行為が実は”仕事”であり、そこに、報酬として得られるお金が絡んでいようがいなかろうが、その行為自体が人生に色と味を与えている、人生により深みを与え、意味を与えているように感じるのです。

そのように考えると、その仕事が何であれ、必ず何等かの形で人の役に立っていて、社会や経済に貢献している、そして回りに回って自分の役にも立っている、というわけなのです。

なので、究極的には、仕事をすることは生きることであり、生を豊かにし、生を全うすることでもあるように思うのです。

多分、こうして仕事に対する強い思いを持っているのは、仕事をしていない”専業主婦”的な時間が過去に一定期間あったからなんじゃないかと自己分析しています。

それから、単に、仕事をしている自分は生き生きとしているということに気がついたから。元気が漲る、というか、”生きている!”という感覚を得られるから、というのもあるかもしれません。

もしくは、これって、単に私の中の”男性的”なハンティング精神が目覚めただけなのか。。。

いずれにせよ、今日は仕事を私なりに哲学してみました。

皆様のお仕事に対する思いも気になります💛

コメント欄でもメールでも思いがある方、是非、シェアしてくださ~い💛

それでは今日も最後までありがとう!お休みなさい😊


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