直感を信じることと環境を選ぶこと

前回の続きです!

さて、憧れのパリという街で独身時代を謳歌し、そろそろ日本に戻って安定した生活に入ろう!とちょうど思い始めていたタイミングで、まさかの夫との出会い。

これまで付き合って来た男性陣とは少し違ったタイプの、どちらかというと控えめでとても優しそうに見えた彼。

不思議と、お互い目が合った瞬間に魅かれ合っているような強い空気を感じ、自然な流れでペアになり踊ったあの日(夫との出会いについてはいつかのブログに書いたので、ご興味ある方はそちらへどうぞ💛)。

その後、すぐに魅かれ合い、付き合いが始まり、兄弟と一緒にいるような心地良さを感じ(そういえば、当時、色んな人に“何となく兄弟みたいだね”と言われていた。自分でも不思議とそう感じていた)、自然と関係が深まっていったように思う。

パリでの生活は、その後日本で落ち着いた生活を始めるまで、最長3年間、と決めていたにも関わらず、どんどん彼との恋愛が深まっていく。そしてそれは、当時の私の中で、日本での生活というものがどんどん自分の人生から遠ざかっていくことを意味していた。

折角、恋愛においてはハネムーン期であったにも関わらず、心は浮かない、むしろ悶々とした日々を数か月間過ごすことになった。

彼をとるのか、我が故郷である日本をとるのか。

やっと覚悟を決められたのが数か月後。

彼を取ることが必ずしも日本を捨てることにはならないかもしれない。

と考えたのだ。彼を手放してしまったら、もう彼との人生は望めないが、彼と一緒に、もしかしたら、いつか日本で生活できるかもしれないじゃないか。いや、もし無理だとしても、少なくとも自分が選んだ人と一緒にいることはできる。

そう考えたら、日本での生活のために彼を手放す必要はない、と思え、それまで抱え込んでいた“悶々”や暗い気持ちが一気に晴れ、心底彼との恋愛を楽しむことができるようになったのだ。

その後、同棲を始め、結婚・出産を経て、まさかのパリという地での子育て生活が始まった。

するととたんに、ロマンチックで芸術的で自由で遊び心に満ちた美しいパリという街が、不便で小汚く、どんよりしていてストレスに満ちた街に見えて来たのだ。。。

そう、母親という、子供を育てる、というポジションになり、そこからの視点でパリという街を眺めると、何とも自分が理想としていた子育ての姿とは程遠い環境に感じられて来たのだった。

確かに歩ける距離に、ルクセンブール公園やモンソー公園という大きな美しい公園があった。

どちらかの公園を、毎日ベビーカーを押しながら散歩をしていて、それはそれで気持ちは良かった。

けれども、住んでいたエリアは近くに割と交通量の多い道があり、空気は悪く(汚くて申し訳ないが、本気で鼻くそが真っ黒になるのだ(笑))、子供が走り回れるような場所もなく、そして1年のうちの8ヵ月くらいは肌寒くてどんよりしているイメージだ。

そんな空気感だと、“よーし、公園で日向ぼっこしよー!”とか、“公園で気分転換するぞ~!”という気分にもなれないのだ。

この街は天気のせいで幸福感が低いに違いない!と強く感じたほど(笑)。

そして保育園は基本的に建物の中。時々小さな園庭で遊ぶけど、お散歩に行ったり等はほとんどない。

そんな環境で子育てをしながら、“これって子供たちは幸せに育つのかな”とか、何だか子供らしさを満喫できなくてかわいそう”とまで感じるようになって来たのだ。

私自身は郊外の街で育ったので、自然の中で遊ぶ場所はたくさんあったし、きれいに整備された公園や商店街なども近くにあり、幸運にも、何とも心穏やかに、安心感に包まれた幸せな子供時代を過ごしていたのだ。

もしかしたら、田舎の子育てと街の子育ての違いなのかもしれないけれど、とにかく私の中で、パリでの子育てについての“違和感”が心を占めるようになってきていたのだ。

そして、何かにつけて”不満”の多いフランス人。

比較的ネガティブなコメントの多いフランス人たちや冷めた感のあるメンタリティにも当時は多くの疑問を感じるようになっていた。

夫の家族もそうだった。

何かと、この子はアクティブ過ぎるから注意した方がいい、だの、食べ方が汚いだの、いたずらが過ぎるだの、おっぱいあげすぎ、おむつが長すぎ(3歳の誕生日までおむつをしていたのは親である私たちのやり方が悪いからだ!)だの、泣いたらすぐに抱っこするのは良くない、、、

思い出したらキリがないほど、子育てや子供について喜ばしくないコメントを日常的に浴びせられていた。

そんなこともあったからか、とにかくフランスという国、そしてパリという街が、だんだんとネガティブな空気に満ち溢れているように見えて来てしまったのだ。。。

次回に続く!

おすすめの記事