国際結婚で第三国に住むということ

いつの日か、本タイトル「国際結婚で第三国に住むということ」について書きたいと思っていた。

そしてやっと、第三国に暮らしながら感じていたこと、またそこから離れてみて感じたことがまとまったので、書いてみようと思う。

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実はフランス人の夫と結婚してからというもの、いつか一緒に ”第三国”、つまり、フランスでも日本でもない国に住んでみたい、と思っていた。

というのは、どちらかの国だと、様々な面で”アンフェア”感を感じざるを得ない。特に子供がいる場合、例えば相手方の国に住んでいる場合は、そちらの祖父母ばかりになついてしまって、自分の両親とは疎遠になってしまうのも何となく悔しいような悲しいような気分になる。

仕事や生活面においても、相手方の国で暮らすとなると、必然的に自分にとっては”不利な”状況に身を置くことになり、自分が相手の文化・言語を学び、相手に合わせることが必須となる。

これが、もし、どちらの国でもない第三国で暮らすとなると、両者とも外国人となるため、お互いにとってフェア、50:50で、平等・ニュートラルとなる。

ママンの場合、単に”フェア”を求めただけではなく、実は、そんな夫婦で一緒にする”冒険”に憧れていた、というのも強い。

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大学生の頃、ご両親がそれぞれ日本人・コロンビア人の友人宅を訪れた時に、ご両親のラブラブぶりに何ともあたたかな感覚を覚え、その秘訣を聞いたのだ。そしたら、自分たちの仲が良いのは、お互いの国ではない第三国で長く暮らしていたからだ!と言っていたことが強く印象に残っていたのだ。

彼らいわく、どちらの国でもないから、誰も頼る人がいない。すべて自分たちで解決方法を見つけ、開拓していかねばならなかったから、よいチームワークが出来上がり、絆がとても深まった、とのこと。

なるほど!とその時、妙に納得し、それからというもの、”どちらの国でもない異国” にて、夫婦もしくは家族で暮らすことに対する強い憧れがあったのだ。

さて、そんな”第三国”での暮らし(私たちにとってはイギリス)を始めるチャンスがふと舞い込んできて、それまで一緒に暮らしていた夫の国、フランス・パリを離れて、ロンドンで生活を始めることになったのが4年前。

実際に”第三国”の暮らしを経験した夫とママンの結果としては、やはり”第三国”で長期的に暮らすのは楽ではない、ということ。

何が”楽”ではないのか。

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まず、お互いが外国人であるので、ある意味、”移民”であり、ある意味、”社会的弱者”となってしまう、ということ。

これは、「駐在員」として短期的に暮らしている場合は、全く別のケースとなる。駐在員の場合は、会社にサポートされ、守られているので、現地で”現地の人”として仕事をし、生活をしている”外国人”とは状況が異なる。それから、現地にどちらかもしくは双方がすでに長く暮らしていて、そこで出会った場合もまた種類が異なるかもしれない。というのは彼らにとってそこはある意味”ホーム”だから。

双方が外国人として第三国に暮らす場合、現地の人と比べ、圧倒的に入ってくる情報量が低い。これは、外国語だからある意味仕方がない。けれでも言葉の壁だけではなく、現地でのネットワーク(家族・親戚、知人など)がないことにも情報量の少なさは起因すると思われる。

例えば子供の学校の教育制度や学校の評判について。

もちろん調べればわかることも多くある。けれども一番信憑性の高い情報は意外と地域の人々の口から入ってくることが多い気がする。これは現地で生まれ育ち何十年もその地で生活をしている人々にはかなわないのだ。

こういった”耳寄り情報”は確実に現地の人の方が多く持っている。そしてそんな”耳寄り情報”があるのとないのとで、生活の質や方向性は結構変わってくる気がしていた。

しかもお互い外国人だから選挙権はないのに、EU離脱のように、気がつけば、”外国人よ、出て行っておくれ!”というような情勢になり、そのようなポリシーができる可能性も否めない。

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そしてまた、家族や親戚、昔からの友人が近くにいない、というのはそこからの、物質的・精神的サポートもなく、そのうち疎遠になってしまうという状況になりかねなく、心さみしく、孤独であると感じていた。

家族というのは不思議なもので、あまりに近くにいると、時々、もう放っておいて!と言ってしまいたいこともあるけれど、実際遠くにいて手に入らない状況になると、近くにいると何て心強くありがたい存在なのか、とつくづく感じるのだ。それはどちら側の家族でもしかり。

ロンドンで働くママの同僚や友達・知人のほとんどは、家族が近くにいた。要は”家族”という、時々でもサポートしてくれる存在が近くにいないとなると、現実問題、母が継続的にフルタイムで働くのは難しいのだ。

それから、”外国人”であり、現地の言葉が母国語でない、となると、仕事面においても現地の人と比較すると、やはり”劣勢”となってしまうのだ。

なので、例え自国では高い教育を受けていたり、高い役職を持っていたとしても、一歩、国を出てしまうと、同じようにその学歴や職歴の恩恵を受けることは非常に困難になる。やはり、現地の人(現地の言葉が母国語の人)には敵わない、となることが多い。

そういった面では仕事面でも時々悔しい思いをしてきた。これに関しては、せめてどちらかの国で生活をしていれば、彼・彼女のこれまでの経験が”普通”に活かされるけれども、二人とも”外国人”となるとやはり一筋縄ではいかない。

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そして最後に、例えば夫の国で生活をしていた時は、夫がとても頼もしい存在に見えていた。お役所系の手続きについて精通しているし、わからないことがあれば”普通”に聞いて解決法を簡単に見い出すことができる。けれども、イギリスに住んでからは、二人ともが外国人となり、何だか妙に夫が頼りない存在に見えてしまったのだ。というのは、これまで自分だけが、”外国人”であったのに、これからは頼りにしていた夫も外国人。なので、様々な場面で社会のシステムやルールやら規範がわからないのだ。しかも、二人ともにとって”外国語”で生活をせざるを得ないという環境。そして、その”わからない”社会の中で子供が成長していく、という。。。

確かに、ママンたちにとっても、”イギリス”という第三国で暮らしたことは、とてもチャレンジングであり、エキサイティングな経験であった。素晴らしい人々との出会いもたくさんあった。

良くも悪くも、ロンドンでの暮らしは二人にとって、現実味があまりなく、夢の世界で生活している感があり、実はとても楽しく充実した何とも”濃い”日々でもあった。そしてまた、前述した素敵夫婦が言っていたように、夫婦としての、そして家族としての絆はとても深まったように思う。

なので、第三国で生活することは人生経験としては、とても貴重で”豊かさ”を与えてくれるのは確実。けれども、長期的にず〜っとお互いが外国人として第三国にホームベースを築くというのは、相当の覚悟が必要だろうなと感じたのでした。

というわけで、様々な経験を通して、様々なことに対する自分としての”気づき”があり、人生の目的とは、様々な事象に対する自分なりの答えを見つけ出すことなんじゃないかと時々考えたりする。

ではでは皆様、Happy Sunday❤️


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